ALKALIANGEL TYPE-II  
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ショートストーリー
いとまごい

はんぶんは、きみがもっていて。
はんぶんは、ぼくがもっていこう。
このさくらいろの石。
ずっとむかし、ひとつだった。
いまは割れてばらばらだけれど、いつかひかれあうこともあるだろう。

*****

いつも浅く眠っているような毎日だ。
いや実際、たぶんわたしは眠っている。
どうにも起きられないようなのだ。
いつも夢を見ているようで、現実の気配はなりをひそめて、ごくまれに五感を刺激するけれど、 もうながいこと人の声を聞いていない気がする。
あるいは、だれかの声をずっと聞いているような。
あたりはふしぎに明るくて白いけれど、視界はぼんやりとして輪郭がつかめない。
だれかがときおりそばにいる気もするし、ぽつんとひとり取り残されている気もする。
じぶんがどうしてこんなふうになったのか、すこし前まではよく諒解していたとおもうのだけれど、今はもうよくわからない。
以前はずいぶんと、あわただしい世界にいたとおもう。
たまに、そのあわただしい世界の断片が、いびつな形で組み合わさって意識にのぼった。
片目で見ている映画のように、とりとめがなくなつかしい映像と音。
スピード。
歓声。
オイルのにおい。
PCのディスプレイ。
データ、膨大なデータ…
敗北と勝利。
それから…

眠りはじめたばかりのときは、それがひんぱんに訪れたけれど、今はただゆるりとした時間だけがすぎている。
たぶん、わたしはゆっくりと、死んでいこうとしているのだとおもう。
そのときがいつになるかは、まだわからないけれど、そう遠くはない。
ぼうっと拡散していく意識で、そんなことを考えていた。

その声がきこえたのは、そんなとき。
いつもどおり白くてあいまいな世界に、はっきりとひかりのように、その声は届いてきた。

『…ひさしぶり』

ああ。 ひさしぶりに聞く声だ。
吸い込まれるように意識が集中する。
かれの声だ。
いつもすこしかすれたような。
引退して、結婚してからはろくに連絡もよこさなかった男。
電話のひとつも。
薄情だ、そんな思考がひといきに流れる。
でも誰だったろう、かれ、とてもたいせつな、
友人?

閉じるでもなく何も見ていなかった目を、あらためて開くと、そこによく見知った男が立っていた。

金色の髪、いつも太陽を吸い込んで綺麗だった。
世界のすべてのひかりを集めたような、朝の淡い白さをまぜたような、あせた夕焼けを反射したような、くるくると表情を変える色。
空色の目 、うすい水の色をした、やさしい目。
でもその目はいつも、王者のような傲慢さをその奥で飼っていた。
その大柄なからだには、いかにも世界は窮屈だというように、かれはこどものようにふるまった。
ほんとうはかれはだれよりも、ずっとおとなだったのだけれど。
そして節くれだった、大きな手。
自分はその手に、とてもとても大きなものを託したのだ。
−でもいまはもう。

そんなかれが、ふと目の前に立っていた。
記憶にあるよりはすこし、こどもの倣岸さはなりをひそめていて、それでもいつものように無造作な立ち姿で、かるく片手をあげて、わたしを見た。
どこかへ行く途中のように、踵をあげて。

『もう行かなきゃならないから会いにきたんだけど、あんまり元気そうじゃないね』

そう、元気じゃない。 おまえと過ごしたあのころのようには、もう元気じゃないよ。

『ずっと連絡もしなかった、悪かったよ。でも俺は幸せすぎて、なんだかいろいろなことを忘れちまったんだ』

そうか、しあわせだったのか。
それならいい。

『結婚式にはきてくれたけど、おまえ、あのスピーチはひどかったよな』

一生懸命考えたのに、ひどいな。
それにしても綺麗な奥方だった。うらやましいよ。

『おまえはずっとひとりだったんだな。かわいそうに』

そうでもなかったよ。

『おまえはしあわせだった?』

さあどうだろう。
おまえがいなくなってから、なにかをはんぶんなくしたような気もしたな。
でもそれも、時がたてばすべてうすらいでいく。
ちょうど今のように。

『はんぶん…そういえば、あの日わたした石のはんぶん、』

石?
あああのさくらいろの、つるりとなめらかな、この世のものでないようなあの石。

『まだ持ってる?』

どうだろう。
いろんなものをなくしたからな。
なくしてなければ、まだもってるよ。

『あいかわらず、薄情』

あれは、そんなにだいじなものだったか。
あれをわたしにくれたのは、いったいいつのことだったろう。
ひょっとするとまだ出会わないあの日に、存在しないあの場所で。

『ああ、もう行かなきゃ』

そうだな、もう時間だ。

『また会えるかな、俺たち』

それはどうだろう。
おまえは先に行ってしまうのだから、それはわからない。

『なぁ、俺たちって、なんだったんだろう』

友人かもしれない。
でも、ただの友人なら、おまえはさいごにここに来たりはしないだろう。
いっしょに過ごした時間は、この長い人生を考えれば、ほんとうにみじかいものだった。
それでもこの長い人生で、呼吸すら誇らしいような時期をいっしょに過ごした。
やがて道を別って、おまえが何をしてるのかすらわからなくなっていたけれど、でも最後におまえはやってきた。
妻でも子でも親でもないわたしのところに。

たぶん、割れた石のはんぶんのようなものだろう。
おまえとわたしは。

『じゃあもう行くよ。ほんとは話すことなんて、あんまりないんだ』

ああ、わたしもだ。

じゃあこれで、ほんとうに。
さようなら。

*****

「夢を見ているの…?兄さん」
いまは身を起こすこともままならない、病床の兄がちいさく笑んだ気がして、リサは兄の青白い頬をなでた。
壮年を過ぎてから病がちだった、兄が終の床についてもう3ヶ月になる。
はじめは彼らしく気丈にふるまっていたが、しだいに表情に翳が落ちて、なにか深い気配をまとうようになったとおもったら、兄はほとんど目を覚まさなくなっていた。
眠ってばかりの彼は、今はもう器具なしでは呼吸することもできなくて、からだから一瞬一瞬、命が抜け出していくようだった。
早すぎる。
でもそれは、彼が速く生きたのだ。
だからリサは、こんなにも早く兄を失うのはとてもかなしいことだけれど、同時に誇らしいことにおもえた。
「なんの夢を見ているの?」
あなたは起きているあいだにも、あんなにあんなにたくさんの、ほかのだれにも見られないような、すてきな夢を見たのに。
いまかれが夢を見るとしたら、いったいなんの夢なのだろう。

ふいに、からん、と何かが落ちる音がした。
点滴の針に食まれた兄の細い腕の、その先、ベッドのかたわらに、なにかひかるものが落ちていた。
ひろいあげてみると、それは石だった。
つるりとしたさくらいろの、まるで丸い石が、まんなかでぱつりと割れたような。
ひろいあげた石のてざわりは、なにかこの世のものではないようになめらかだった。
兄がずっとにぎりしめていたのだろうか?
まだそんな力がのこっていたろうか。
そもそも、これはずっとここに、はじめからあったのだろうか?

病室の外から、母の呼ぶ声がした。
リサは、さくらいろの石をそっと兄の手ににぎらせて、病室を出た。
石のことを母に聞いてみようと思ったが、なんだか口外してはいけないような気がして、やめた。
いつもよりかなしげな顔をした母は、ずっと以前、兄とともに夢を見ていた、ひとりのアメリカ人の訃報をつたえてくれた。

そうか、あの人が逝ったのか。

交通事故だと母はおしえてくれた。
ああ、だれもかれも早すぎる。
かれも速い人生を生きたのだ。

兄とはしばらく連絡が途絶えていたようだが、いまさら彼の死を兄が知ったところで、どうなるものでもなかった。
そう遠くない未来に、兄も行ってしまうのだから。

リサは、 ちいさく電子音の鳴る病室に戻り、兄の手をにぎった。
さっきにぎらせたさくらいろの石は、つめたいままだった。

兄さん、あのひとが亡くなったわ。
兄さん、あなたもあのひとをおいかけていくの?
むかしみたいに。

兄の手をにぎりながら、リサはおもわずほほえんでいた。
とおい昔を思い出して。

にぎった手に違和感をおぼえたのは一瞬だった。
兄の手が一瞬、きゅうと冷えたとおもったら、石はもうなくなっていた。
どこかに落ちたはずもなく、あのさくらいろの石はすうと消えていて、リサは思わず兄の顔を見たが、もうその顔はどんな表情もうかべていなかった。
どうしてか、さがしてもみつからないような気がして、リサはそうっと兄の手をはなした。

案の定、 石はそれきり、どこにもみつからなかった。

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