ALKALIANGEL TYPE-II  
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ショートストーリー
ひかりの風景(1) -『太陽模型』

ふぞろいに波うつ金の束は、午後のあかるい空気に溶けて、たべもののようなやわらかさで初夏のひかりをはねかえす。
あたたかな色温度はおだやかな日ざしそのままで、ふれればかわいた毛束が、すこしずつゆびからこぼれるだろう。
雨上がりの、まだいくぶん水分ののこる空気が、風景の彩度とコントラストを上げていたが、その金色はあくまでやさしく、その色が一般にもつ主張のつよさは、なにかべつのものに席をゆずっているようだった。

語源をたどれば、Gold、はかがやくという意味だ。
元素記号はAu。
Aurum、ラテン語で黄金、旧約聖書のことばで『光』。
ひかりの色ということか。
そういえば、太陽、という形容はこの男についてまわる。

どちらかといえば役に立たない、とラベリングされた記憶のひきだしを乱雑にあけはなしたまま、ハイネルは食後のコーヒーをすすり、デザートのアイスクリームをスプーンでつついている連れを新聞ごしにうかがった。
ハイネルのオーダーしたランチプレートとおなじ面積の皿に、こんもり盛られたバニラアイスはストロベリーピンク、レモンイエロー、チョコレートブラウンのソースでかわいらしくデコレートされて、いつものことだが大の男がうれしげにつっつくものではない。
サーキットからそう遠くないカフェの、日のあたるオープンスペース、あかるいミントグリーンのテーブルクロスがやけに目にまぶしかった。
だいたい、会えば口論ばかりだし、自他ともに認める不仲ぶりなのに、こうしょっちゅうかるく昼食を、とかちょっとお茶でも、とかいう話になるのはなんの因縁かと首をかしげる。

腑に落ちない。

ただ、ごくごくまれに、それこそ皆既日食なみのまれさではあるが、ふたりでいても、おもいがけずおだやかに過ごせる時間があるのだ。
ちょうど今のように。

状況は腑に落ちないのに、ハイネルは妙におちついて、充足していた。
向かいでやわらかい色のたべものを食みながら、ときおりとりとめなくはなしかけてくる男が、ひどくなつかしくみえる。
あるわけもないのに、ずっとむかしにも、こんなひかりのしたでなんのことはない、話をしたようにつよく錯覚した。
ばかげている。

こんなときは、口論やらつかみあいやらをしていなければわりと仲がいいんじゃないか、などとおもったりもするのだが、8割方は口論やらつかみあいやらをしているのだから、やはり仲はわるいのだろう。
なによりハイネルは、底も天井もつきぬけるほどなにもかもがやかましく癇にさわるこの男が、あまり好きではない、というより積極的に嫌いだったので、こんな状況は、なにかきっとまちがっている、はずだ。

はずなのだけれど。

ランチは申し分なく、いつもは5メートルはなれていても癪にさわるグーデリアンも、まったく気にならない。
それどころか、ハイネルはすっかりご機嫌になり、いつもはうっとうしいくらいの色彩も、どういうわけか小気味よくさえかんじられて、青い目に落ちかかるあかるい前髪に、どうしてもふれてみたくなったのだ。
食後にもかかわらず熱のとおらないゆびさきに対して、表面温度の高そうなそれは、たいそうこのましいものにおもえたのかもしれない。
と自覚するまえに、ハイネルはながいうでをテーブルごしにのばしていた。
ふたりの素性を知る人間が息をのむ気配がしたが、ハイネルはすこぶる上機嫌だったので、知るものかと無視をする。
そうっとふれると、ほのかにあたたかい。
かさになった毛束を額からかきあげると、ゆびさきにかわいた音がつたわり、どこかなつかしいようなくすぐったさがうなじの辺をかすめた。
くしゅくしゅとかきまわして、もちぬしとはまるで正反対の従順なてざわりに、理由もなく気をよくしてすきなようにもてあそぶ。
オレンジ、蜂蜜、サフラン、ヒマワリ、すべてのあたたかい色とひかりの手ざわり。
想像どおりの温度と質感に非常な充実をおぼえつつ、さきまでの思考がなにとはなしにのこっていたものか、ぽろりとこんなことばが出た。
「太陽みたいだな」
「なにが?」
つめたい手がここちいいのか、とくに抗議もせずされるがままになっていたグーデリアンは、われにかえったように怪訝な声をだす。
「これが。よく言われてるだろう」
長い毛束を目のまえにひっぱってやりながら、ハイネルは自身の発したことばにいまさらおどろき、でもまあ別にいいか、となんでもない顔をする。
いまのかれらは、気ごころの知れた友人同士のようにみえるのだろうかと、ハイネルが少々調子のはずれたことをかんがえていると、 前髪をつままれたままのグーデリアンが、いわれたことばをたったいま理解したかのように、青い目をいちどおおきくまばたかせ、ふしぎそうに虹彩をうごかした。
いきなり無防備になった空気に、ハイネルはおどろく。
なに、と目線でうながすと、 グーデリアンはまたふいに目をそらして、おまえがそんなことをいうとはおもわなかったんだ、とかなんとか語尾をにごして、すっと身をひいた。
いたずらがすぎたような気まずさをかんじて、ハイネルが内心なごりおしくおもいながら手をはなすと、こんどはグーデリアンのほうがおもちゃをとりあげられた仔犬のような顔をするものだから、ハイネルは混乱する。 どうかしたのか、とこんどは声にして訊くと、グーデリアンはなんでもない、とまた口の中でもごもご返事をして、たいして興味もなさげにアイスののこりをつつきはじめた。
ハイネルは、その歯切れのわるさがほんのすこし気になったが、それなりに満足したので、あえて追及はしなかった。

大皿に山と盛られたバニラアイスがあらかたなくなるころまで、とくに会話もなく、ハイネルはまたぼんやり新聞をめくった。

「ハイネル、太陽のひかりの色は、ほんとうはみどり色なんだよ」
それはひとりごとのように方向のないひびきだったので、なまえをよばれなければ、聞きのがしていただろう。
突拍子のない断定は、しかしまったく根拠のないものではなかったので、ハイネルは内心おどろきながら即座に訂正する。
「分光したら緑色が強いというだけだ。目に見える光の色は白い」
「ブンコウ?なにそれ」
じぶんでいいだしたくせに、やはりなにも知らないらしい。
ハイネルはいいかよく聞けよ、と講義モードにはいった。
「太陽のようにじぶんで光をはなつ星は、いっぺんにさまざまな色の光を出してる。虹は知ってるな?あれは、太陽が出してる光の成分なんだ。空気中の水滴で光が屈折して、ばらばらになって、全部の色が見える。ここまではわかるか?」
「なんとなく」
いわれたとおり、こどものようによく聞いているグーデリアンのようすがおかしくて、ついくちもとがゆるみそうになったけれど、必要以上にしかつめらしくハイネルはつづける。
「 じぶんで光るのは表面温度の高い星だ。その温度によって、いろいろ出してる光の中でも、どの色の光をいちばんつよく出すかがきまるんだ。太陽の場合はそれが緑色の光だというだけだ」
「じゃあやっぱみどりなんじゃん」
「だまれこのたわけが。ひとの話はさいごまで聞け。いちばんつよい光が、わたしたちの目に見える色というわけじゃないんだ。あくまで、虹のように光をばらばらの状態にしたときに、−それを分光というんだが、その色がいちばんつよく光ってる、といえるだけなんだ。まぜた絵の具の、どの色をいちばん多く使ってるのか、それだけのことだ。とにかく、太陽が緑に見えるわけじゃない」
「なあんだ、そーなの」
しんそこがっかりしたように、グーデリアンがくちびるをとがらせる。
あんまり残念そうなので、一瞬、緑色に見えない太陽を不甲斐なくおもったが、それはじぶんの知ったことではない、とハイネルが気づいたときには、青い目はもうあかるい色でわらっていた。
「ちかくで見たらみどりいろに見えるんだとおもってた。きれーだろうなあって」
「なにをいいだすかと思えば。こんどはどこのだれにおそわったんだ?おまえはほんとうになにもかもが聞きかじりだからな」
こっぴどく馬鹿にされてもさして気にとめないようすで、グーデリアンは、すこしなつかしげにわらった。
「ものしりな女の子にきいたんだ。彼女、なんかすごい大学の大学院で、えらい研究してるっていってたな。いろいろおしえてもらったから、うん、それもきいたかもしれないなぁ」
太陽はほんとうはみどり色なの。知ってる?
たぶんあかりの落ちた部屋で、それでもぼんやりひかる金の髪を、ゆびで梳きながら訊くやさしい声音が、まだきこえているようにグーデリアンは目をとじた。
「すごい大学でえらい研究をしているような立派な女性が、なんでおまえみたいのをかまうんだろうな」
必要以上に不機嫌になりつつある自身に首をかしげつつ、あからさまな不機嫌をセーブしながら、それでもいくぶんか不機嫌のすぎた自身の声に、ハイネルはちいさく眉をうごかす。
「さぁ?バカがすきなんじゃないの」
右の目だけをほそめて肩をすくめるしぐさは、やはり、今日はまるで交戦の意思がないようだ。
「ひかりってばらばらになるんだなあ、ハイネル。いちばんつよいひかりってことは、ほかの色がひからなくなっても、やっぱそれだけのこるのかな。 そしたらみどり色になるかなぁ、太陽」
「それじゃレーザーだ」
「そうなの?」
ハイネルもものしりだね、とグーデリアンは無頓着にわらう。
ほんとうは、沈む太陽が一瞬だけはなつ、あの緑のひかりのことをハイネルは知っていたのだが、なんとなく、いまはいいたくなかったのでつっけんどんに訊き返した。
「……で、それがどうした」
「うん」
かちゃり、とアイスをかきまわしていたスプーンをてばなして、グーデリアンは視線をとおくに投げる。
シアンのまじった空のむこうに、もうひとつの太陽をさがすように。
「おまえの目の色とおんなじだね」
「わたしの目の色がどうかしたのか」
「ハイネルの目の色は太陽の色なんだよ」
「だからそれはちがうといったろうが」
「きれいだとおもうけどなぁ、みどり色の太陽」
いったい、冗談なのかなんなのか、ふだんからうそもほんとうもぜんぶがいっしょくたの、男の口調からはなにもわからない。
ただ、それを追及してしまうと、安定しているようでじつはいまにも均衡をうしないそうなこの空気を、あっけなく覆すことになりそうでハイネルは警戒する。
それでいて、なにを警戒しているのか、ハイネル自身にもわからないのだ。
グーデリアンはただ、屈託なく目じりを落としてハイネルを見た。
「ハイネルがいいだしたんだぜ、俺の髪が太陽みたいって」
「気にいらないか」
「そうじゃない」
今日のかれには常とはちがうとりとめのなさがあって、ハイネルは雲をつかむようなおもいがする。
しずかにとまどっているハイネルの気配を、さっしているのかいないのか、グーデリアンはただとおくにはなしかけるよう、空よりすこし濃い色の目をあげた。
「まあ、なに色かなんてのは、あんまり意味がないね。太陽ってのは、だれかがそれにむかって、歩きつづけられるもののことだ。立ちあがるちからがのこってなくても、見上げてまえにすすむもの。だから色なんかなくてもいいさ」
「なんの話だ」
「おまえの目の色が何色でもいいって話」
「グーデリアン、わたしは、」
「ハイネル、ほんとうの太陽はなに色なんだろうな」

グーデリアンはそれきりだまってアイスの溶けた皿をスプーンでかきまわしているので、ハイネルはなにか、ずっとむかしにいいそびれたことばを、こんどはちゃんといわなくてはいけないのに、もうおもいだせない、そんな泣きたいようなきもちになって、でもなにをいえばいいのか、まるで見当がつかない。
だからとりわけ不機嫌な声で、行儀が悪い、とだけつぶやいた。
金色の髪は、ひかりに溶けるように輪郭があいまいで、いまはどこかたよりなく見える。
溶けたアイスと3色のソースが、おちてくるひかりをうけとめて、マーブル模様をえがいていた。

ほんとうの太陽。
ハイネルにはよくわからない。

ただ、一瞬で食事の相手を、まわりの世界をわすれてしまったような、まるでひとりの横顔をみて、どういうわけかハイネルは、ふと、ひとが太陽とよぶ髪をもつ友人をひどくかわいそうな男だとおもった。

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