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The sun goes down and comes the night
Passing by are the cars of the street
Walked across the seven rivers
With laughters and sounds of the shoes
ふたりで過ごす2度目の冬だったとおもう。
クリスマスマーケットの光と音からわざと離れるようにして、線路沿いを歩くわたしたちは、いつもよりすこし早足だったかもしれない。
光るがらくたのような人とものと音のかたまりは、じぶんたちにはずいぶんそぐわないようにおもえたし、特別な日だからなおさらどこにでもある風景の中にはいたくなかった。
風景を計る傲慢さを、わたしたちは当然のように身につけていた。
ほんとうのことを言えば、ほかでもないかれと、バースデイを過ごせることはとびあがるくらいうれしいことだったのだ。
でもまだじぶんは、おもいきり泣いたりわらったりすることをはずかしいとおもうくらい若くて、大声をあげて笑いながら走り出したいようなきもちを、革靴の底を不自然に鳴らすことでまぎらわせていた。
コートのポケットに手をつっこんで、足の先まで計算された無頓着さで歩くとなりの男も、そういう意味ではわたしとおなじ、幼すぎるセレブリティだったと今はおもう。
わたしたちはふたりとも、世界とおたがいの幼い価値観を秤にかけて、いびつに均衡させるゲームをたのしむ手ぬるいこどもだった。
マーケットの大きな、派手にデコレーションされたゲートを見上げると、かれは眉とくちもとをかたほうだけうごかし、わたしとおなじように、それに対してかるい憐憫にも似た興味しか持たないことを示した。
馬鹿馬鹿しく綺麗なものに対して、こどものような情熱を寄せるいつものスタンスを、わたしの前では切り捨てるかれがとても誇らしかった。
ゲートとその中にあるものが、じぶんたちからどれだけ遠いものかを示し合うことに満足し、そのくせひとつのことばを待っていたのだ。
バースデイの常套句を、そしてゲートの内側にとってかえし、短いキスをくり返しながら屋台でキャンドルや菓子を買い、腕を組んで歩くことを、ほんとうはふたりとも望んでいたにちがいない。
けれどわたしたちはやせ我慢をして、すこしだけはなれて歩くことが重要なのだとじぶんに言い聞かせ、歩幅を計りそこねて足をもつれさせるだけだった。
橋のてまえで立ち止まったのは、そのままでは呼吸さえめちゃくちゃになりそうだったからだ。
すこし遅れてあるくかれを待つそぶりで、息を吸って吐く順序をまちがえないよう祈りながら、すくなくともかれは冷静なはずだ、そうおもった。
しかしゆっくりと近づいてきた顔は、かれがいままで見せていたような、もの慣れた表情をうかべてはいなかった。
わたしよりすこし高い位置にあるそれは、頬をうすく緊張させ、笑うためにゆがめられたくちもとを余計にひっぱりあげていて、光の加減で灰色にも見える目はおちつきなくまたたき、全体的に泣き笑いのように見えた。
まだ二十歳をすぎたばかりの、目のまえにあるからだにとまどい、のどをせりあがることばをおそれて、のみこんだものを隠そうとして失敗している顔、どこにでもいる未完成な青年の顔だった。
きっとわたしも、まったくおなじような顔をしていただろう。
おたがいに、なんでもないふりをしそこねて、あいてにそんな顔をさせることができるじぶんに有頂天になり、からだじゅうのどこもはなれていたくはないのに、手にふれることもできず立ち往生している。
どこもかしこも暴走しそうなからだをなけなしの理性でおさえこんでいるのは、おそらくわたしだけではなかったのだろう。
かれはなにかのどにつまっているような顔のまま、口の中でちいさくわたしのなまえを呼んで、わたしといえばじぶんの名を呼ぶときのかれはどこか苦しそうだとまた有頂天になりながら、おおきな手が頬をつつむのを待った。
目をとじるまえに見た顔は、歯痛をこらえるように神妙だった。
おめでとうとは言われなかったから、ありがとうも言わなかった。
くちびるはつめたいままはなれて、叫びだしそうなのどをごまかすために、ちいさく声をたててわらった。
目をあわせることもできずに、すこしも冷静になれないじぶんにあきれ果て、こんな感情を飼い慣らせるとおもっていた甘さに歯がみした。
かれもわたしもあらぬ方向に視線をさまよわせ、重力に抗わず首を折った。
何日も降りつづいた雪は凍って、歩くにも難儀するほど道は悪いとそのとき気づいた。
「ハイネル、100メートルは何秒?」
それがマーケットを出てからはじめての明瞭なことばだった。
うつむいたままのかれは、もしかしたらまた、あの泣き笑いのような顔をしていたかもしれない。
わたしはこたえるかわりに、革靴のかかとを鳴らしてみせた。
かれもわたしも、すっかり途方にくれていたのだ。
だからぱちりとおたがいの手を鳴らして、いきなり走りだした。
橋のむこうにはまばらな人影が見えたけれど、まるでかまわなかった。
つめたい空気が顔を突き抜けるのと同時にとまどいが消え、途方もない感覚がからだじゅうを満たしていくのを感じた。
じぶんたちにはひとつのまちがいもなく、欠けるものもなく、そこにいるだけで完全であるような感じだった。
わたしたちは走りつづけた。
頬を裂くような風でコートをふくらませ、凍った雪に靴音をにぶく鳴らして、10秒ももたず足をとられ地面にほうりだされる瞬間を待ちどおしくおもいながら。
あまいことばやおたがいのてざわりはくすぐったいほどぎこちなくて、どれもほんとうのものではない気がしていた。
だから、こんなふうに馬鹿馬鹿しくバースデイをやりすごすじぶんたちを、とても誇らしいと感じるべきだ、そうおもっていた。
幸福な勘違いと境界のあいまいな自尊心が、ふたりの恋愛で、世界のすべてだった。
体温を制御するすべも知らないくせに、愛とか恋とか、言わないことがとても重要で、ふたりのかたちを、その価値を低俗なものにおとしめるすべてのものから守ってみせるなんて、そんなことをおもってさえいたんだ。
Years go by and we shall die
after the days of aging up
Call it a victory or surrender?
We shall never know
あのころよりずっと歳をとって、あのころよりすこしずるくなった。
特別とおもっていたものが、ありふれた、海の底にだってころがっている、とてもいとしいものだと知った。
てばなしたくないものには命がけでしがみつくことや、相手のなまえをまっすぐよぶこと、陳腐な愛のことばできもちをさらけだすことをおぼえて、ふたりはまるで別人みたいだ。
The smiles won't be same, and each other may betray
Laughter and sounds of the shoes don't fade
そんなふうにおもうのはわたしの勝手で、おなじ時間もかれにとってはまったくべつのものだろう。
あの感じ、世界にふたりしかないような感覚を、かれも感じていたのかどうかわたしは知らない。
となりで見る景色は、ひょっとしたら世界でいちばん違うものなのかもしれない。
それでも、あのつめたい空気、冬の日の電車通りを、靴音さえあざやかにおもいだす。