スラップスティックス[1] >>『嗚呼、痛い思いをしたいのに。』

やっとこの日がきたんである。

この日。
アメリカの星、ジャッキー・グーデリアンは、とあるエグゼクティヴでラグジュアルなセレブ御用達、でも適度にクラシカルでソフィスティケイトされた高級ホテルの一室、のだだっ広いバスルーム、に品よくあつらえられた大理石の便器に陣取りかみしめていた。

まあ、いろいろあった。

それこそ、今日この日をむかえるまでには、紆余曲折という4文字ではいいあらわせないほど、それはもう波乱万丈七転八倒の、いろんなアレがあったわけだ。
だが。
なにはともあれ、今現在の思い人が、壁いちまい(かなり厚いが)へだてたベッド(ムダに広いが)のうえで、じぶんを待っているわけである。
そういう意図をもって。

いったい人生に、これ以上幸福なシチュエーションがありうるだろうか?

かみしめてしまっているグーデリアンであった。

かみしめている脳内の、主な活動はざっとこんなもんである。

いくらハイネルといったってはじめてなんだから、生娘のようにとまではいかないにしても、明かりをけして、とか、もういちどシャワーを、とか、やっぱりこころの準備が、とかもうかわいくってしかたのないことをいいだすにきまってる。
当然いう。

そこをやはり、百戦錬磨の百人切りの性的に熟れきった大人の男のアレで、実をいうとそれほど百戦錬磨でもセックスマシーンでもないんであるが、まあなんかそれっぽく、あふれんばかりの包容力で、めろめろにしちゃうんである。雰囲気で。
入れるところがちがうのは実は少々不安なのだが、まあ穴は穴だ。
あいてるんだから入るだろう、くらいにおもっている。勢いで。
このへんはおおざっぱである。
実際、男同士なのだからわざわざ尻の穴をつかってまで入れる必要はないし、入れるにしてもどっちがどっちにどうしてもいいようなもんであるが、とにかく入れる、というか、もう自分が相手の穴に入れるということは、なぜか確信しきっているグーデリアンだった。

まあ、そのへんは相手のほうにもなんら異存がないというか、実はそれどころじゃないというのが、数分後にはあっさり知れる寸法なのだが、とりあえず今は今。

バスルームの壁が白い。

まって、といわれたら、ほんとはまちたくないけども、ハイネルの気がすむまでまってやろう。
気がすんだところで、このうえなくていねいにいただこう。

生きててよかった。

「グーデリアン?腹でもこわしたのか?」

インターフォンのスピーカからこころもち心配そうな声がきこえたので、なんでもないよとグーデリアンはあわてて便器から腰をあげた。

 

ベッドルームにはいると、ハイネルは天窓の真下にすえられたベッドにこしかけ、ひざの上に両手をそろえて、今にも立ち上がりそうな突拍子ない緊張感をかもしていた。
バスをつかったあとはたしかバスローブででてきたはずのかれがなぜかふたたびネクタイまでしめていて、グーデリアンはすこし首をかしげたが、まだ生乾きの髪が白い頬やくびすじに落ちかかっているのを見て、また、ありがとう神さま、ともうなんでもいいきもちになった。

ハイネルの造形は独特のものがあって、手足や首やゆびが標準より長く、喉仏や関節なんかの、突き出た骨の印象はほとんど鋭角的で、それでもやわらかい筋肉ののりかたが、今は白いワイシャツに複雑なしわをつくりなんともいえないシルエットになっていて、全体にアンバランスでなんだか不安になる。
からだの長さに対してちいさな顔もやっぱり、ハンサムとか、美形とか、そういうカテゴリではないのだが、量の少ない長い睫毛にふちどられたみどりいろの眼が、白目のあかるさも手伝っていつもきついくらいに光っていて、厚みのない唇も、角度の急な鼻筋と頬骨にひっぱられている血管のすけたうすそうな皮膚も、それをひきたたせるように色味がなく、水分もなさそうで、ところどころ色をつけわすれたマネキンみたいだった。

だから今も、男だからというのを抜きにしたって、色っぽいとかそそるとか、セックスにつながる要素は見出せなさそうなものなんだが、グーデリアンはあたまのなかの血流がきこえそうなくらい興奮していた。
それはたとえばズボンからつきでた裸足の足首とか、水分を吸って色が濃くなったワイシャツの襟とか、グーデリアンに気づいてもどこに視線をあわせていいかわからず、ひざの上の両手の位置を神経質に変えているしぐさなんかが、いたたまれないほどたまらない。
ベッドサイドにきちんと折りたたまれた眼鏡が視界にはいったとき、それはピークに達した。

性欲のツボは、え、まさかそんなところ、という場所に変化球ではいってしまったときが、まあいちばん始末におえないわけだ。

しかし、じぶんたちはもういいおとななわけだから。

おとなの男の余裕の、とか、ベルベットのように甘美な一夜を、とか一歩ふみだすたびにあたまのなかでとなえながら、グーデリアンはようようハイネルのとなりに腰をおろす。
ぴくりとはねる肩にゆっくりと手をまわし、あまり性急にすぎないように、ほとんど間合いを数えんばかりに用心深く唇をあわせる。かるく上唇を吸って肩にまわした手を背骨にそってすべらせると、こたえるようにハイネルのうでが首にまわって、ひきよせられるようにベッドにたおれこんだ。
いったん唇をはなして、息のかかる距離で目をあわせると、ほんのすこし唇をひらいた表情の従順さにめまいがした。ほとんど発作的にくびすじに顔をうずめる。
もうあと5秒遅かったら、たとえわき腹を鉈でそがれても敢行したろうというところで、ハイネルがしずかにみじろいた。

「ちょっと……まって……」

このひとことが、ほぼ忘我の域に没頭しようとしていたグーデリアンのさいごの琴線にふれた。

そうだここだ。
ここが大人の男の余裕の!
ベルベットでスウィートな一夜の!

「なに…?」
全力で正気をとりもどし、荒くなった鼻息をさとられないよう細心の注意をはらいつつ、とびきりにあまくささやく。
やっぱりこわい、なんて卒倒しそうに愛らしいことをいいだした日には、だいじょうぶこわくないよ、とかなんとかもう、ハリウッド女優なんか10人くらいまとめて嫁にきちゃうくらいのセクシーヴォイスでとろけさせちゃったりしようなんて算段していると、予想外にハイネルは、うさぎのようにするりぴょんとグーデリアンの下からぬけだし、ベッドサイドに置かれたバッグからなにやらとりだしはじめた。
それならちゃんとサイドテーブルに用意してあるし、といおうとすると、ハイネルがどこかしら期待顔でグーデリアンに向きなおる。

「あの、はじめてでこんなことをいうのはアレかともおもったんだが、」
「なあに?」
うなじを紅潮させてなにかをかかえている恋人を、またうっかり、うわぁかわいいなあたべちゃいたい、なんてシチュエーションをわすれて見入り、夢ごこちでききかえす。

「こういうふうにしてくれないか?」

ハイネルがはずかしげに、しかしそのわりには躊躇なくさしだした雑誌の表紙をひと目みたとき、グーデリアンはうまれてはじめて、衝撃のあまり天地がさかさまになる、というのをことばどおり、しかも効果音つきで体験した。

 

「どうした、グーデリアン」
魂抜けたように燃え尽きているグーデリアンに、元凶の雑誌を目のまえでぱたぱたあおりながらハイネルが訊く。
はっとわれにかえったグーデリアンは、左胸に手をあてて呼吸をととのえた。
心拍数を通常値にもどしてから、からだをひねってすぐわきのハイネルとさしむかう。
「ちょっと、そこにすわりなさい」
「すわってるが」
「いいから!」
行儀よくひざをそろえてベッドにこしかけているハイネルを、娘に説教する父親のごとく理不尽に一喝する。
そしていまだハイネルの胸にかかえられた問題の雑誌を、あらためて穴があくほどみつめ、ぴたりとゆびさした。
「それはなに?」
「口ではうまく説明できないとおもって」
「いや、そういうことをきいてるんじゃないから」
グーデリアンは、常なら目のまえの恋人がよくやっているように、こめかみをゆびでおさえながら、ぐるぐるまわるいろんなものを整理しようとした。
「こういうふうにっていうのは、つまりその、なんだな」
「みるか?」
うきうきとさしだされた雑誌を、ついすなおに受けとってぱらぱらとめくってみる。
あまり見かけないサイズのその雑誌は妙に重く、光沢の入った表紙はやけに鮮明で、そんなものそんなにくっきりうつさなくったって、と泣きたくなる。表紙を裏切らない内容は、ほとんどが大判のカラー写真で、それはいったいなににつかう道具なんだろう、とかそのポーズはかなり背骨にムリが、とかいやなんかとにかく痛そう熱そうつらそう、とまあ素朴な疑問と懐疑がいっぱいの、いかがわしい本なんてだいすきなグーデリアンであっても、ちょっと正視にたえないしろものだった。
グーデリアンは、さきまでとはちがうめまいを必死にたえながら、おそるおそる、あまりききたくないがしかたなくたずねる。

「こ、こういうのが……、すきなわけ……?」
満面の笑みでうなずくハイネル。
「意味もなくひっぱたかれたりとか?」
こくり。
「必要もないのに縛られたりとか?」
こくり。
「…………」
あまりにためらいのない肯定に、グーデリアンがリアクションをうしなっていると、ハイネルはどう誤解したのかちがう方向で説得をはじめた。
「あ、それはおまえがそういうことに慣れてないってわかってるし、わたしも急にぜんぶとはいわないから、段階をおって」
「いやいやいやそうじゃなくて、そうじゃなくてだな、」
「はじめのうちは加減がわからなくて、殴ったりしたら肋骨の2、3本くらい折ってしまうかもしれないけど、わたしはぜんぜんかまわないから」
「折らないし、そもそも殴らないし!」
「どうして?」
なんらうしろぐらいところもないといったふうに、ほんとうにふしぎそうに首をかしげるハイネルだったが、こんどばかりはグーデリアンもかわいいとかなんとかいってはいられない。
「あの、まさかハイネル、いつもこういう……?」
述語をおおきく省略した質問に、ハイネルは一瞬きょとんとしたが、すぐにその意味をさとったようで、あわてて身をのりだした。
「なにをいってるんだグーデリアン、わたしがおまえ以外の人間とそんなことをしたいとおもうはずがないだろう」
しらじらしく浮気を弁明する夫のように、両手でグーデリアンのひとまわり大きい手をにぎりしめつつ棒読みでうったえるハイネル。
「そんなこと?」
手にしていた雑誌をハイネルにおしかえしつつ、声を低める。
「たとえば、」
それからふたたびハイネルのうでのなかにかえった、悩ましくもいかがわしい雑誌の表紙をゆびさし、
「こういうこととか?」
と問うた。
「そうそう」
「そうそうじゃねーっつの。」
雑誌をうばいとりざま、パァンといい音でつっこむグーデリアン。
常日頃の条件反射で、グーデリアンは反撃にそなえたが、しかしハイネルははたかれた頭を右手でそっとさすり、それから感じ入ったようにひとこと、
「……殴った」
とつぶやいた。
「ちがう、いまのはちがうから!純然たるツッコミだから!」
なにかうれしげな響きのそれに、誤解をとこうとむきになったグーデリアンは、ふと思い出し、
「だいたい今まで頭だろーが顔だろーが腹だろーがかぞえきれないくらい殴ってるでしょーが!」
ともっともなツッコミをいれる。
「あれはほら、人目もあるし、殴られたら殴られっぱなしってわけにもいかないし、どうにも気分がでないじゃないか」
「気分ってなんだ!」
さっきから宇宙人のようなことばかりいっている恋人を、正気づかせようとでもいうように、あのねハイネル、とグーデリアンははじめた。
「おまえはね、なんていうか頭はいいけどおつむが弱くて、世間知らずであるいみピュアーだから、そういういかがわしーもんにうっかり興味もっちゃったりしたのかもしんないけど、そーゆーことはな、雑誌とかビデオでやってんのはほとんどうそっこだから、ね?適当に編集して、なんかいろいろ加工して、こうエンタテイメント用にしてるだけなのよ?ほんとーーにそんなことやるんだったら、下準備とか、あとかたづけとか、最中ももういろいろにおいとかすごいし、ね、ほんとタイヘンなの、それこそ痕とか傷とかのこっちゃった日には、何日もしんどいおもいするし、素人さんがやることじゃないのよ?わかる?」
この期におよんでまだハイネルに淡い夢をいだいているグーデリアンである。というか、なんとなくキャラがかわってきている。第一波の衝撃からまだ立ち直っていないのかもしれない。
そんなグーデリアンの決死の説得に、ハイネルはちょっとかんがえて、さらっと反論した。
「そこまでではなかったぞ」
「やっぱりやったんだやっぱり!」
「あ」
目をぱちくりさせて片手で口をおおい、それからやがてうつむき加減で横目に彼氏をうかがったハイネルは、あからさまなごまかし笑いに首をかしげてみせた。
「いや、さわりだけだから」
「さわりってなんださわりって!」
さっきからつっこみどころだらけで、息も絶えだえのグーデリアンを、ハイネルは同情をもとめるよう上目づかいにみあげる。
「おまえもおなじ男ならわかるだろう、出来心というか、興味本位というか」
「わからんもうゼンッゼンわからん。俺にはおまえがわからないよ」
「だってものには順序がというものがあるだろう。わたしのドライバーになってくれないか、ふたりでチャンプをとろう、ついでにちょっと縛ってくれ、なんていえないじゃないか。だからといって、機が熟すまでひとりで悶々とするのもアレだな、とおもって」
ものわかりのわるいこどもにいい聞かすように、雰囲気だけ道理じみているハイネルだったが、内容はだいぶこわい。
「そんなことおもってたのかおまえ!機が熟すってなんだ!」
「だから今、まさに機が熟し、今宵ふたりは純白のシーツの上で……」
「語らなくていいから。朗々と。ていうか純白のシーツの上でスパンキングか?亀甲縛りなのか!?」
思わず涙ながらに叫んでしまってから、いや、漫才している場合じゃない、ここはなにがあってもハイネルを邪道から救い出さねば、なんて一瞬冷静になりかけたグーデリアンだったが、ふいにおそろしい疑念におもいあたり、ざっとあとじさった。

「ま、まさか俺をドライバーに雇ったのって……!」
「それはちがうグーデリアン」
かえってきたのはきっぱりとした、おもいのほか厳粛な否定だった。
思いがけないトーンのたしかさに、グーデリアンもぴたりと後退をやめる。
さきまでとは一変したきびしい落ち着きで、ハイネルはつづけた。
「誓ってそんなことはない。あれは、わたしのたったひとつの夢のための、必然的なプロセスであり、選択だ。そのために捨てたものも曲げたものも、おまえがぜんぶ知ってるはずだ。いまさら聞くまでもないだろう?けっして、そのように卑賤な下心などあるはずがない」
下世話な押し問答の最中ではあるものの、ハイネルの真摯なトーンのたしかさに、ほんの一瞬でもうたがいを抱いてしまったことをグーデリアンはこころから恥じたのだった。が。
ハイネルはその真顔のまま、こうつけくわえた。
「ほんのちょっぴりしか」
「あったのか!」
もはやツッコミに徹するしかないグーデリアン。

神さまぼくはそんなにわるい子ですか。

ベッドにつっぷし屍になってしまったグーデリアンを、ハイネルはしばし首をかしげてながめていたが、なかなか復活しない恋人のようすをうかがうよう両ひじをつき、脱力しきった金のあたまのひとふさを、すくいあげてこう訊いた。
「やらないのか?」
「あ、いや、はい、やりますけど!」
男の性というかなんというか、とっさにがばりとおきあがってしまったグーデリアンに、ハイネルはうれしげに目をほそめる。
「じゃ、そういうことで、よろしくたのむ」
「はい、じゃあ……て、じゃ、じゃねーっつうのマジで!よろしくってゆわれても!舌打ちすんな!」
「だって」
「だってじゃない!」
ぴしゃりとしかりつけても、頬をふくらましかねない惜しみように、この男はだれなんだとなかば本気でいぶかる。
それでもあんまり残念そうなので、けっきょくむげにもできず、あのな、とグーデリアンは肩をおとした。
「俺、そういうの……趣味じゃないよ」
「わかってる」
「わかってるならなんで!」
「だからここはひとつあゆみ寄りをみせてだな」
「死んでもあゆみよらない。一歩たりともあゆみよらないから」
「そんなこといわないで、おとなじゃないか」
長いうでがするりと首にまきついて、あまえるようなテノールがささやいた。
「ちょっといってみてくれるだけでいいから」
「なにを……?」
疑心暗鬼で、でも耳にかかる湿り気にすこしだけほだされそうになりながら、聴きとれないほどかすかなセンテンスをつかまえる。

それはにんげんがにんげんにいうことばじゃない。

とグーデリアンは泣きそうになったが、
「……い、いうだけでいいのね?」
でもこれひとつですむのならと、こくこくとうなずくみどりの目をうらみがましくみすえて、ひとつおおきく深呼吸した。

「     」

神さまごめんなさいぼくはわるい子です。

補助ロケットとりはずし中のスペースシャトルから飛び降りる覚悟のひとことはしかし、大火にガソリンをそそぐ結果となった。
「ん?なんだ?もっとはっきりいってみろ」
「それじゃあ逆だろが!」
「逆?」
涙目のうったえにハイネルはけげんな顔をしたが、
「ああ逆」
なにに納得したのか、ただみどりの目は不穏に色をまして、うすいくちびるが満足げに笑みをむすんだ。
「わるかった、わたしとしたことがちっともわきまえないで」
なんだかよくわからないけど、ちがう、そうじゃない、それじゃない。
グーデリアンのこころのさけびは、けれどとうとう、否応なしに胸に秘めさせられた。
「もうくちごたえなんてしないから」
無体な恭順にのどをならして、からみついてくるいきものがかわいらしくておそろしい。
「さあ、もっとはずかしいことをいってくれ」

 

モノみたいにころがして、機械みたいに操って、人形みたいにおりまげて、
はずかしいかっこうをさせて、はずかしいことばをいわせて、口汚くののしって、
呼吸する価値もないと、家畜以下だと、 こころから蔑んでうそでいいから。

 

+++--------+++

 

「……なにやってたんだかよくわかんない」
事後でございます、というしめり気のこもった空気のなか、事後でございました、というシーツの上で、恋人はそこそこ満足、というていでうつぶせにねそべっているにもかかわらず、グーデリアンはいかんともしがたく表情をゆがめ、ひざをかかえていた。なんだか死にそうである。
真夜中だというのに、部屋は煌々とあかるい。
「セックス。」
遠慮なくからだをのばしたハイネルはそういって、アッシュトレイをサイドテーブルから引き寄せつつ、どうしてそんなこときく、とあどけなく紫煙を吐き出した。
「そりゃそうなんだけど!」
ひざにつっぷしているグーデリアンがあきらかな異議で嘆息すると、ハイネルはシガーを右手にもちかえほおづえをつく。一考、とばかりひざから下をシーツからもちあげ、足首で交差させてつまさきをあそばながら、おもいだしたようにつけたした。
「……多少SM風」
「や、ディテールをつけたせって意味じゃないから」
「多少。」
「こだわるなおまえ。あーそんなもの足りなさそうな顔すんなたのむから」
両ひざのうえで組んだゆびにあごをあずけて、グーデリアンはそのまましずみこもうとしたが、視界のはしにあった顔を再確認して死にそうになった。
「て、ゆうかとりあえず顔、ふいてくれ」
「あ、わるい」
死にそうだ。
被害者意識と加害者意識と自己嫌悪と状況憎悪に、なにをどこからいっていいやら途方に暮れつつ、グーデリアンはもう数時間前にきいときゃよかったことをいまさら訊いてみた。
「その………フツウじゃだめなの?」
ほとんど懇願まじりの問いかけに、ハイネルはほおづえをふたつにふやして、んん、とうなる。
「まあ……できないことはないとおもうが、でもわたしは……」
「…………なに」
ききたくないような、むしろやはりききたくないグーデリアンだったがしかし、なにかに強いられるよう先をうながしてしまう。
「いまいうか?できれば、最中にいわされたほうがアレなんだが……」
「いい。いわなくていいから。だからがっかりすんなってもう!ていうかアレってなんだよ、なあ」

死にそうだ。

ついでになにかをおもいだしてしまったグーデリアンは、しめった髪をぐしゃぐしゃとかきまぜながら、さらになにかを反芻してしまう。
「は、はずかしくないの?あ、あんな、あんな……」
「やらせたくせに」
「やらせろってゆったから!」
「はずかしいぞ」
対するハイネルは無駄にほこらしげである。
「それってそんなにうれしそうにいうことじゃないだろぅ……」
語尾がよわよわしい。
「あのさ……からかってんじゃないだろうな……もしそうなら、俺、」
「殴る?」
「殴らない!」
そこはゆずらない、と犬歯をむきだしにするグーデリアン。しかし、なにかを使い果たしてしまったのか、くたりとなえた。
「そんなにむきにならなくても……」
くすんと鼻をならしそうな残念がりようである。
「と、とにかく、こういうのはもうやめてくれ。なにがたのしいんだひとのこと困らせて、じぶんもはずかしいおもいして、ぜんぜんいいことない」
「だからはずかしいのがいいんだっていってるのにわからない男だなおまえも」
「そうじゃなくて!いやそうなんだけど!ああもうなんなんだおまえ!!」
「殴ればいいのに」
「殴らない!!」
そこは親が死んでもゆずれない。が、こんどこそオイルが切れた。ヘッドボードにもたれていた背が、ずるずると力をうしなう。
前世でどんなわるいことをしたんでしょうか。
完全にマットレスにしずみこむと、どこかさびしげなみどりの目が、うらぎりを責めるようにみおろしていた。
そのよわいひかりに、なにかが背すじをはいおりる。

「もっとよろこんでくれるかとおもったのに」
のどもとにふれるゆびはもうつめたくて、そこから血がとまりそうだ。
「なんでもしてやるのに。おまえが口にだせないようなことだってぜんぶ」
そんなことひとつものぞんでない、それでも、どうしてのぞんでくれないのかと、責めるゆびさきにのどがつまる。
「グーデリアン」
よばれた声音はあまいのかこわいのか。
「あいしてるっていったじゃないか。わたしのこと」
「あいしてるよ!」
それだけはほんとう。
でも反射でさけんで、今日いちばんの後悔をした。
水をえた瀕死のさかなみたいに、じわりとほほえむしろい顔。
「そう、それじゃあ、」

もっと、
汚物をみるような目で、
足蹴にして蔑んで、
きたないことを、
はずかしいことを、
ふためと見られないほどぶざまなわたしを。



################################ >>next ・・ 第弐話 『真理と相反する條理に、従伏姿勢』

キュートにえすえむ。
というコンセプトで結局ケラ風味。あーあ。グーハー下ネタ界のお笑い担当でひとつよろしく。
なんかたのしいのでまだまだつづきがあります。きがむいたら載せます。
このさきいろんな関係者をまきこんでソープオペラみたいになる予定は未定。
乱れきったCF界の性風俗。とりしまれよフィクシー!

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