ALKALIANGEL TYPE-II  
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ショートストーリー
支店長のすてきな研修

そして今日も、シュトロブラムス銀行シュツットガルト第2支店では、なごやかな終業ミーティングがおこなわれているのだった。
恒例支店長の日記朗読会も終わり、つつがなく解散かとおもわれたそのとき、末席の新入社員がおそるおそる手を上げた。
「あのう、支店長……」
「なにかな、社員Zくん」
高貴と呼ばれる角度だけ(@森博嗣)首をかたむける支店長の愛らしさ(当社比)に、一瞬魂抜けながらもとなりの社員Yに活をいれられた社員Zは、かろうじて体勢をたてなおす。
「最近、アジア系のお客様がふえています。英語の通じるかたでしたら問題ないのですが、ニッポン人のお客様などは特に英語もドイツ語もおわかりにならないかたが多いので、対応体制を再確認してみてはどうかと」
「ああ、それはわたしも気になっていた。ありがとう、Zくん」
息もたえだえだった社員Zは、くちもとをゆびでなぞりながらの支店長の返答についに彼岸へ旅立った。社員Yが常備品の酸素マスクで社員Zを介抱する光景とはまるで別世界のような笑顔で、支店長はつづける。
「わたしの叔父の遠縁のまたいとこの嫁の文通相手が日本人なので、わたしも日本文化には日々親しんでいる。あいさつ程度の日本語ならおしえられるとおもうのだが……」
にこりと一同をみまわす支店長に、矢も盾もたまらず続々立ちあがる社員A〜Zおよび受付嬢たち。
「さすがであります支店長!」
「胴上げさせてください!」
「ワーッショイ!ワーッショイ!」

**   **   (時間の経過を表す余白)   **   **

すばらしい上司のもとで働ける幸福に、従業員一同、感涙にむせぶとか胴上げするとかいろいろ小一時間。
「いいかね、諸君」
倉庫から持ちだしてきたホワイトボードをバックに、姿勢よく社員一同を見わたす支店長の手には、出所不明の教鞭がにぎられている。どうやらこれから、終業時間はとっくに過ぎているが職員総同意の日本語研修がはじまるらしい。
「まずは、ウェルカムの意思表示を徹底しよう。日本人は、異国では無理をしてイスにすわっているが、ほんとうはセーザやアグラと呼ばれるすわりかたが好きなのだ。待合席にすわろうとしている日本人をみかけたら、まずこの、」
と支店長は、ジェラルミンのスーツケースからやにわになにかをとりだした。白地に赤でいきおいよく『台所』と書かれた、……おそらくはザブトンを、支店長はなぜか得意げにかかげる。
「フロア・マットを地べたにすべらせ、こう言ってさしあげなさい。『どうぞ、くつろいでおすわりやがれ』。さあ、復唱だ!」
支店長に全幅の信頼をおいている社員たちは、なにひとつ疑問をさしはさむことなく復唱する。
そんな社員たちに、温厚な担任教師のようにうなずく支店長は、ゆびさきでかるく教鞭をしならせてみせた。
「よろしい。マットはできるだけぞんざいに、むしろ投げ捨てるように置くのが日本流だ。つぎは贈りものをいただいたときのお礼のしかただ。日本人は、ストレートな賞賛のことばをよしとしない文化をもっている。だから、不用意に贈りものに感謝してはいけない。ギフトのパッケージを、こう指でつまみあげて、」
どこから調達してきたものか、『のし』と直書きされたパッケージをつめ先ではじき、支店長はすぅっと目をほそめる。
「『つまらないものですね』」
胃の腑に氷を5キロほど落とされたようなシビアな感覚を、根性でやりすごし復唱する社員たち。ジャパニーズでなくてほんとうによかった、と安堵するもの、氷の微笑でも己に向けてほしい、と心ひそかに思うもの、そしてかなしくうたうもの(@室生犀星)、一介の銀行員といえども瞬時の葛藤ははかりしれない。
「日本人は心情の機微にさとい人種だから、心の底からさげすむような視線で、あごを上げ気味にのぞむといいだろう。こんなふうに」
カン、と黒光りする革靴のかかとを鳴らし、髄液までこおりつきそうなまなざしを斜に落とす姿は、長身もあいまって必要以上に威圧的である。
というか、その教鞭の有効活用を是非ともご提案させていただきたい。
という、社員一同の、切なるおもいがあったとかなかったとか、そういうことにはみじんも気づかず支店長は次なるレッスンにすすんでいた。
「日本は我がドイツよりも人口における高齢者比率が高い。当然、潜在優良顧客にも高齢者が多いことが予想される。そして、顧客である前に、高齢者は国境を越えた財産でもある。よって、諸君らには日本の高齢者への正しい接しかたをおぼえてもらいたい。高齢者に年齢をたずねることは失礼にはあたらないので、まずはストレートに『いくつ?』とたずねよう。そして相手の返事を聞くやいなや、」
そこで支店長はまたもや一歩進みでた。週末はボランティアで老人ホームに行く女学生のように可憐な笑顔には、なんら邪気はない。
「『それは大往生ですね』」
社員一同、こんどはお花畑でたわむれるここちで復唱する。
支店長は、なんてやさしく、けなげで、すてきなひとなんだろう。
老人になりたい。
日本語をまるで解さない従業員たちは、なにか彼方を焦がれているようだ。
「肩にかるく手を置くという、日本式尊敬のジェスチュアをそえるとなお良いだろう」
ポン、と辞職をすすめられるようにかたをたたかれた社員Gは、コンマ2秒で卒倒した。
死屍累々といった趣のミーティングルームに、支店長のかろやかな靴音だけがひびく。
「また、日本人は自らの肌の色を非常に誇りにおもっているので、もし会話に間があいたばあいには、さりげなくそれに言及するといいだろう。そんなとき効果的なフレーズはこうだ。『このイエロージャップめ!』」
いい笑顔だった。
この期に及んで、従業員一同強迫的に真摯な笑顔で復唱する。もはや日本語ではないことには、だれひとりとして気づいていない。
「敬意をこめて、イエローにアクセントをおくと良いだろう。さあ、それでは、今までのレッスンのおさらいだ。レディゴー!」
パン!と支店長が手を打ち鳴らすのを合図に、緊張のおももちをした社員たちが『盲腸』『六本木』など思い思いのロゴ入りザブトンをフリスビーよろしくほうりなげる音が、シュツットガルトの街に深夜までこだましたとかしないとか。

  **   **   (時間の経過を表す余白)   **   **

「……と、いうような有意義な研修だった。多少なりとも異国の文化に通じていることが、思いがけなく役立って国際交流の重要性をあらためて痛感した次第だ」
「ふーん」
ステーキハウス・テキサスのただのアルバイターであるジャッキー・グーデリアンは、注文をとりにきたついでになぜか支店長の長話につきあわされていたが、もともとものごとを深くかんがえるたちではないのであまり気にしていないようである。
というより、つねに突拍子なく話しはじめるこの男と、ビミョウなスタンスでうちとけてしまった感があった。店員たちが『支店長』とよぶこの男は、(見るたび髪がすごく立っていることをのぞけば)気立てがよく払いもいい客であり、ほうっておけばいつまでも出入り口に立ちつくしているけれど、それはそれでどうでもよくなっている日常である。
その支店長が、メガネごしの目をこころもちほそめてグーデリアンに向き直った。
「ああ、きみにぴったりな日本語も知っているぞ」
「え、なになに、どんなの?」
もはや伝票をすっかりうっちゃったグーデリアンは、目をきらきらかがやかせてテーブルにのりだす。
「『種馬』。タフ・ガイという意味だ」
「へー、なんかカッコイイな!こんど腕にでも彫ってもらおうかなぁ」
天使のように(当社比)ほほえむ支店長と、やる気まんまんになっているステーキハウスアルバイターは、天然同士ほほえましく仲がいいようだがそれはまた後日あらためて。

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